業務

退職日までの連続有給は認めなければならないか?

有給取ったまま退職!? 業務の引継ぎ、一体どうする気なの?

 「社長、辞めさせてもらいます! ついては明日から40日間有給を使い、終了後に退職します。」

 幸いにして弊所のお客様の中で、ここまで極端な例に当たったことは有りません。
それでも先日あるお客様から、入社6ヶ月経過と同時に有給10日を請求し、有給消化日をもって退職したアルバイトさんのご相談を受けたことが有ります。

 6ヶ月目に入り有給休暇の権利発生と同時に、有給申請と退職届を一緒に提出して帰ったそうです。
タイミングのとり方から見て、労働者の権利としての有給休暇の取得方法をしっかり吟味した上でのことでしょう。

 日数は少ないながらも、これもまた極端な事例ではありました。

 結論から申し上げれば、退職までの有給休暇の取得は認めざるを得ません。

 社長様にしてみれば、仕事にも慣れて「さぁ、これから戦力として働いてもらえる!」と思っていた矢先の出来事で承服しかねるとは思いますが、致し方ありません。

労働基準法第39条に、
 1.有給休暇の取得は労働者の権利であり
 2.会社は例外的に「時季変更権」のみが認められる
と定められているためです。

有給休暇の権利が発生する要件とは?

労働基準法第39条では、
 a.雇入れの日から起算して
 b.六箇月間継続勤務し
 c.全労働日の八割以上出勤した労働者に
十労働日の有給休暇を「労働者の請求する時季に与えなければならない」と規定しています。

 また、有給休暇は正社員だけのものではありません。
パートやアルバイトの方でも、要件を満たせば有給休暇を取得することが出来ます。 厚労省の下記ページに説明があります。
(年次有給休暇とはどのような制度ですか。パートタイム労働者でも有給があると聞きましたが、本当ですか。)

 基本的に与えなければいけないのです。 拒むことは出来ない、使用者側に課せられた義務なのです。

時季変更権で有給取得を拒むことは出来ないか?

 一方で第39条5項には「ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる」とも定められています。 これが「時季変更権」と言われるものです。

「事業の正常な運営を妨げる場合」に「他の時季に」変更できるのです。

 「明日から退職日まで有給を取ります」と言われた場合、業務の引継ぎが出来ない事になりますね。
「業務の引継ぎが出来ないのでは仕事に支障をきたすじゃないか! これは充分『事業の正常な運営を妨げる』ことになるだろう。 だから有給は認められない!」

 社長様や管理職の方ならば、そう思われるのが当然でしょう。 でも、労働基準法が言う「事業の正常な運営を妨げる場合」とは、判り易く極端な表現をすれば「それを行わないと倒産しかねない」様な事柄を想定しているものです。 そのため「当該社員が業務の引継ぎを行わないと経営が傾いてしまう」と客観的に証明できなければ認められない、ということになります。

 さらに「明日から退職日まで有給」を請求されてしまうと「他に与える時季」が退職日以降にしか無くなってしまいます。
 退職日の後では既に社員ではありません。 本人が有給を取る権利も、会社側が与える雇用関係もすでに無い状態です。

 これらを勘案すると、現実的には「時季変更権」行使のし様が無く、どんなに腹立たしく思われても「明日から退職日まで有給」と言われてしまうと認めざるを得ない事になってします。

 有給休暇は時効により翌年まで繰り越すことが出来ます。 これにより最長40日間の有給休暇取得の権利を持つ可能性が有ります。

 「40日間も仕事をしないで、給料は当然の様に支払いを要求するなんて、納得行かない!!」

 ごもっともです。 お気持ちは良~く解かります。
それでも仕方が有りません。 この場合、法律は社員の味方をします。

 我が国は法治国家です。
どの様に不合理に感じられても法律に定めがある以上、それに逆らっては勝ち目が有りません。 下手に争えばかえってトラブルに巻き込まれ、要らぬゴタゴタを背負い込み、挙句の果てに有給分の支払いを監督署等から命じられるばかりか無用な手間暇を掛けさせられかねず、決して得策とは言えません。

では、どうしたら良いのか?

 納得し難いでしょうが「40日分もまとめて有給取って辞めて行くなんて、許せない!」という心情的な問題はとりあえず棚上げしていただき、その上で冷静に考えてみれば、一番の問題点は「充分な業務の引継ぎが出来ない」事ではないでしょうか?

 「業務の引継ぎ」をさせた上で合法的に、前向きに、退職前にゴッソリ有給を取らせないための思考の転換が必要です。
 それにはまず「有給休暇を取得しやすい職場環境」作りから始めることをお勧めしています。

「有給休暇を取得しやすい職場環境」のメリットはなにか?

 2019年4月から「年5日の有給休暇を取得させることが義務化」されています。 (対象:年休が10日以上付与され社員)
 この他に「有給休暇の計画的付与」などを取り入れ、年間の消化日数が10日有れば、まとめてとれる有給日数は20日に半減されます。

 「有給は出来るだけ取らせたくないのに、何を言っているんだ!」
そんな声が聞こえてきそうですが・・・ ここは考え方を大きく変えるべきではないでしょうか。

(1)既に我が国は労働人口減少期に入っています。 コロナ禍の現時点(2020.11)では失業者数は増大しています。 しかし、これが落ち着けば労働者の取り合いが始まるのは必須です。 絶対数が減少しているのですから。 採用競争力の弱い中小企業が優秀な社員を獲得するのは容易ではありません。 これからは、まず現有社員を大切にして「減らさない」ことが、人員確保の要点になります。

 さらに「年間有給取得日数が多い」ことは、新規に社員を獲得するうえでアドバンテージになります。 特に若い社員を望むならば、この点は大きなアピールポイントになります。

(2)「有給休暇を取得しやすい職場環境≒働き易く辞めない環境」になれば、単純に「直前に有給取得して退職」して行く機会が減ります。 さらに社員の皆様が「ウチの会社は働き易い」と感じて気持ちよく働いていれば、退職せざるを得ない場合であっても業務の引継ぎはしっかり行って行く様になるはずです。

 これらの環境を整えても、引継ぎをせずに有給取得に入って退職する社員は出るかも知れません。
 その場合は仕方が有りません。 引継ぎを諦めるか? どうしても引継ぎが必要であれば、社員へその理由を説明し、納得の上で出社してもらうしか有りません。 首に縄を付けて引っ張ってくるわけには行かないですから。

 どうしても引継ぎが必要であれば「引継ぎに出社した日数分の有給は買い取りをする」方法もあるでしょう。
 有給休暇の買い取りは原則として認められていません。 買い取りを認めてしまうと有給の取得が阻害されてしまい、法の趣旨に合わないからです。 ですが、退職等により失効してしまう日数を買い取る分には法違反とはなりません。 
 金銭負担はかさみますが、引継ぎの有り無しを天秤にかけて判断する事も必要になるでしょう。

 なお、「業務の引継ぎをせずに退職した場合には退職金を減額する」等の規定を設けることも可能ではありますが、退職金をゼロに出来る訳では有りません。
 減額可能な金額は多寡が知れています。 無理な減額を行えば、新たなトラブルの種になることも理解すべきでしょう。
 そもそも、自社独自の退職金制度でないと減額そのものが難しい上に、退職金制度を持たない中小企業様も多いのではないかと思いますがいかがでしょう。

 有給休暇の取得について何かお困りの際には「お問い合わせフォーム」よりご連絡を下さい。